1971 Nissan SKYLINE GT-R "KPGC-10"1971年式 日産 スカイライン GT-R(KPGC-10)
SOLD OUT UPDATE: THURSDAY,APRIL,30,2015 終了1971年式 日産 スカイライン GT-R
車台番号:KPGC10-000206
・2ドアハコスカの最高峰
・内外装コンディション良好
・高いオリジナル度
“世界で人気の2ドアハコスカGT-R”
当個体は初年度登録が1971年1月のKPGC10で、ハコスカ2ドアクーペの最高峰というべきGT-Rです。内外装ともに素晴らしいコンディションを保つ、弊社自慢の一台と言っていいでしょう。
外装のペイント状態はとても美しく、平滑な塗面には艶がきちんと残っています。グリルやバッジといったパーツも保存状態がよく、バンパーのメッキも鏡のような光沢を放っています。ホイールはワタナベホイールを装着。オプションで選択可能であったリアウィングが付いていないことも、この個体の希少性をより高めています。
内装は、トリム類も完璧で、特にシートのコンディションは一見の価値があります。もちろんダッシュの割れ、ルーフライナーの垂れはなく、空調の吹き出し口のメッキもとても綺麗な状態です。時計やラジオといった装備はなく、あくまでもドライビングに集中できる仕様になっているのがGT-Rの魅力と言えるでしょう。
新しいオーディオやETCなどもあえてつけておらず、助手席には懐かしい懐中電灯が備わっています。
中へと乗り込んでみれば、間違いなく、まるで昭和40年代へタイムスリップしたような気分になれることでしょう。
当時日産はハコスカを海外向けに生産していませんでした。そのことが現在海外のコレクターたちを熱狂させ、HAKOSUKAという名前が浸透するほどよく知られたモデルとなっています。
そしてもちろん、日本国内においても程度の良い個体は少ないのが現状です。もはやHAKOSUKAは、ただの憧れでは所有できない程の高額な評価を受けるようになってしまいました。
そして、間違いなく、現在のスーパーカーR35への布石となった歴史的名車でもあります。
当個体は機関も良好で、オリジナル度の高い車両となっています。
“ハコスカGT-Rの歴史"
スカイラインというクルマは、もともとプリンス自動車工業(ex富士精密工業)のメインモデルでした。初代ALSI型、そして二代目S5型と、自動車黎明期の日本にあって、時代の先端をいく乗用車だったのです。初代においては、ミケロッティデザインのスカイライン・スポーツ、そして二代目では6気筒エンジンを積んだGT(その発展形のGT-A、GT-B)が特に有名です。
ところが、プリンス精密工業は、そのコスト度外視の開発と販売戦略の不十分さから恒常的な経営難に陥っており、66年、ついに日産と合併(実質的には吸収)されてしまいます。
三代目となったC10スカイライン、通称ハコスカは68年の登場で、プリンス時代の開発モデルでしたが、同時に日産プリンスとして初のニューモデルでもありました。当初はセダンをはじめ、ワゴンとバンという極めて実用的な組み合わせで販売されたのです。少し遅れて、ノーズを延長しL20型2リッター直列6気筒SOHCエンジンを積んだ、2000GT(GC10)がデビューすると、先代プリンススカイライン時代と同様に、モータースポーツでの期待が高まってきました。
1968年10月、第15回東京モーターショーにおいて衝撃のコンセプトカーがデビューを果たします。その名も、”スカイラインGTレーシング仕様”。ツーリングカーレースなどで活躍したプリンス・スカイライン2000GT-B(S54BⅡ)の後継車という位置づけでした。セダン2000GTの車体に、打倒ポルシェを期して開発されたGTプロトタイプレーシングカー・日産R380のGR8型エンジンをベースとする、S20型2リッター直列6気筒DOHCエンジンが搭載されていたのです。
翌1969年2月、レーシングをRと改め、ほぼそのままの形で初代スカイラインGT-R、PGC10が誕生します。S20エンジンには、量産車として世界初の4バルブDOHC機構が採用されていました。当時の国産車としては最高峰のスペックである、最高出力160ps、最大トルク17.6kgmを誇っていました。
セダンのハコスカGT-R(PGC10)は結局832台が生産され、70年にショートホイールベースのハードトップモデルがラインナップに加わると、GT-RもハードトップスタイルのKPGC10へとスイッチされます。2ドアクーペのKPGC10型GT-Rの生産台数は1197台でした。
スカイラインの中でも、GT-Rはツーリングカーレースを闘うために開発されたモデルであり、いつの時代も日本を代表する高性能車であり続けました。レースレギュレーション内で最大の性能を発揮する専用エンジンと装備品を組み込んでいるのが特徴であり、出場したモータースポーツレース全般で数多くの勝利を上げています。
なかでもハコスカGT-Rは、「JAFグランプリ」にてデビューウィンを飾った後も、熟成開発を重ねながら台頭してくるライバルたちを抑え続け、ついに1972年3月、前人未踏の累計50勝を達成しました。同年10月のワークスレース活動休止までに挙げた勝利は通算52勝で、うち49勝は連勝という大記録を打ち立てたのです。
その結果、“GT-R”は国産スポーツの象徴とも言うべきブランドとなりました。そして、ハコスカから現代のR35まで、歴代全てのGT-Rが、今なお多くファンから支持を集め、愛され続けているのです。
1971 Nissan Skyline GT-R
Chassis no. KPGC10-000206
・The greatest 2-door ”Hakosuka”
・Keep interior and exterior well-conditioned
・High-orignality
“The most popular and greatest 2-door Hakosuka in the world”
Hakosuka 2-door hardtop is the most popular in the world. It is the well-known model which spread the name, HAKOSUKA to the world.
This car was initially registered in January 1971 and the number is KPGC10. It is the greatest 2-door hakosuka GT-R.
Interior and exterior are kept well-conditioned and seat is also well-conditioned and valuable.
System is good and the car is high-original.
“The history of Hakosuka GT-R”
The skyline is the originally main model of Prince Motor Company (ex Fuji Precision Industries). The first ALSI model and the second S5 model are the top cars in the predawn of Japanese car history. The first is skyline sports designed by Michelotti. The second is GT (improved GT-A and GT-B) mounted in-line 6 engine and they are particularly famous cars.
However, Prince Motor Company was in financial trouble because of the exterior development taken no account of cost and bad sales strategy. It was finally merged by Nissan in 1966. (Actually it was absorbed.)
The third C10 skyline “Hakosuka” was unveiled in 1968. It was the model developed by Prince and at the same time it was the first model produced by Nissan Prince. Initially started Sedan, it was released as practical combination of Wagon and Van. A little later 2000GT (GC10) which nose got longer than the previous one and mounted L20 2L in-line 6 SOHC engine was debuted. It was getting popular among sports car like Price skyline.
The amazing concept car was unveiled in the 15th Tokyo Motor Show in October, 1968.
It was “Skyline GT Racing version”. It was the replacement for Price Skyline 2000GT-B (S54B・) that played an important role in touring car racings.
To the body of Sedan 2000GT, based on GR8 type engine of GT prototype racing car Nissan R380 which is developed to overturn Porsche, S20 type 2 liter line 6 cylinder DOHC engine has been installed.
GT-R and PGC10 were debuted in February 1969, which are almost same model as the initial skyline. S20 engine attached to the first 4 bubble DOHC in the world as production cars was mounted. It had the greatest spec as a domestic car at that time. The maximum power output is 160ps and the maximum torque is 17.6kgm.
The produced number of Sedan Hakosuka GT-R (PGC10) were finally 832. After hard top model based on short wheel was added to line-up in 1970s, GT-R shifted hard top style, KPGC10. The produced number of GT-R KPGC10 Coupe 2-door were 1197.
GT-R was developed model to race for touring car racings among with other Skyline. It has kept high-performance as a symbol of Japan all through the ages. The feature is the engine and equipment that exhibit high-performance in race regulation. Its model won many times in overall motor sports racings.
Hakosuka GT-R won on debut race at JAF Grand Prix. After it defeated the rise of opponents that were kept developed, it achieved the total 50 win in March, 1972, which was unprecedented. The total victory was 52 by the time it stopped works race in October at the same year. It set the great record that is the 49th consecutive victory out of them.
As a results, GT-R is the brand as a symbol of domestic sports car. All successive GT-R from hakosuka to the latest R35 have been enjoyed and loved by many fans.